アトピーである私の卒業アルバムに対する思い

こんにちは。アトピーと付き合い始めて30年以上のタカヒロです。

 高校の卒業アルバム。昔を懐かしんで「あの頃は良かったな」とか「あのときのお前の行動おかしかったよな!」などと思い出を膨らませる素敵なものだ。そんなアルバムが私は大嫌いだ。私の写っているページがなくなれば良いのにと思っている。なぜならそこに写っている私の顔はアトピーで荒れ放題だったからだ・・・

脱ステロイド中に始まった撮影

 高校3年生の夏。卒業アルバム作成のために写真撮影が始まった。当時の私は脱ステロイドまっただ中。腫れ上がった顔。傷口から溢れ出す汁。猛烈なかゆみ。アトピーとの壮絶な戦いの中で地獄の時間を送っていた。

 そんな中始まった撮影。この姿が写されるのは苦痛以外の何者でもなかった。卒業アルバムとしてこのさき何年、何十年と同級生のもとに残っていくと思うと死んでしまいたくなった。少しでも写らないようにカメラを避けた。集合写真でどうしても入らなければいけないときはカメラを直視しないようにした。集合写真では私だけ下を向いている。下を向いてもアトピーで腫れ上がり赤くなった顔を隠すことはできなかったのだが・・・。

卒業アルバムは消してしまいたいもの

 学校を卒業してからも卒業アルバムの話題がでる度にハラハラした。「その話題はしないでくれっ!」と心の中で叫んでいた。また、だれかが昔を懐かしむために卒業アルバムを持ってこようものなら「やめてくれっ!」と逃げ出したい気持ちになった。

 私にとって卒業アルバムは誰にも見られたくないものだった。存在を消してしまいたいものだった。私自身、卒業してから何年もアルバムを見ることはなかった。見たくなかった。

卒業アルバムを見れるようになった

 それが最近になってやっと見ることができるようになった。前よりもアトピーが改善して心に余裕ができたからだろうか?それとも時間が経ち、当時のことがまるで違う誰かの事かのように忘れそうになっているからだろうか?理由は自分でもわからない。

当時の辛さを忘れてはダメ?

 アルバムを開くとアトピーで酷い見た目になっている私がそこにいた。「酷いな・・・」と思わず言葉がもれた。ゴクリと唾を飲み込みながら物思いにふける。ただ、どこか他人事のような感覚もある。20年以上時間が経ち当時の辛さを忘れそうになっているのだろう。

 「当時の辛さを忘れてはダメ」と言う感覚と「もう引きずらなくてもいい」と言う感覚が頭の中で入り乱れている。当時の辛さを忘れないから今の幸せを実感することができると言う思い。一方、今はもうアトピーが良くなっているんだから辛かったことなんて忘れて今を過ごせば良いと言う思い。どちらが正しいのだろうか。

 ひとつ言えるのは卒業アルバムを見て「酷いな・・・」と思った反面、今の幸せを実感することができた。「アトピーが良くなって本当に良かったな」と自分に言ってあげたくなったのだ。

笑顔で卒業アルバムを・・・

 卒業アルバムに対する思いはこれからもどんどん変化していくのだろう。今までは存在を消してしまいたいもので、見るのも嫌だった。それを見ることができるようになったのだから今後も変わっていくのだろう。10年後、20年後にはもっと違った気持ちで卒業アルバムを開くことができるのだろうか。そのとき笑顔で開けることができていたら嬉しい。

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